#振り返り

これまでの会社生活などの振り返りや時事

板子一枚下

知床の海難事故は未だに捜索が続けられている。報道に触れるごとに、様々な問題が取り沙汰されている。その多くは、経営者の姿勢に向けられているが、待てよと言いたい。

たとえば、管轄の国交省監督責任自治体の観光支援態勢などに問題がないといえるのだろうか? 監査や検査などが書類中心で実効性に乏しいとの指摘なども、ぼちぼち報道されているが、数年前にも四国沖で旅客船が浅瀬にぶつかり沈没した事故を思い起こす。近くの漁船が全員を助けたが、これまでに、どのような改善を監督官庁がやったのかは知らない。

小さな船が北の海で単独航行をして、何かがあったときの対処方法が救命衣一つでは、助かるはずがない。絶対安全を声高に叫ぶ傾向のある我が国は、小さなことは何かと気にするが、大きなことには目をつぶることがよくある。2011年の原子力災害もその典型。

世界遺産に登録された彼の地の魅力は、その絶景だろう。私も若い時に北海道旅行をしたが、あまりにも時間がかかるので知床に行くのを止めた記憶がある。

折角来たのに欠航になれば、確かに不満も出るだろう。これまでにも、おそらく「条件付き出航」は、繰り返されたのではないだろうか。遊覧だけに頼らない観光資源やコンテンツの開発が必要だろう。

ベトナムの北に世界遺産ハロン湾がある。九十九島をスケールアップしたようなところ。湾内をめぐ船内宿泊を伴うツアーは、悪天候でも遭難するようなことはない入り江内でのクルージングで、船もそれなりに大きいが、天気予報をもとに厳格な出航規制が行われているようだ。私たちのツアーでも、そこへ行くバスの中で、その日の欠航の可能性が知らされた。選択肢は、「引き返して他のメニューに充てる」「とりあえず行って、停泊中の船に泊まる」。私たちは後者を選び、結局は出航許可が下りて、湾内を周航できた。

やはり、安全を基調とした出航許可基準によって、中途半端な「条件付き」は厳禁とすべきだ。船には途中で引き返せる保証はない。海水温度が低い期間は、単独運航の禁止、救命いかだ必須などが最低条件だろう。何よりも、監督側、運航者、利用者などの間のコミュニケーションが重要だ。危険性についても十分注意を喚起し、欠航時のオプションを用意すべきだ。観光メニューの多様化や充実を自治体なども率先してやらない限り、1年の半分以上は、閑古鳥が鳴くおそれがある。無理をする経営者などが出てくれば、悲劇は繰り返されるかもしれない。

一方、あちこちで同様の観光サービスがキャンセル被害を受けているようだ。キャンセルしたいという気持ちもわからなくはないが、しっかりした安全対策をとっているとすれば、残念なことだ。

リスクコミュニケーションは難しい。原子力でも失敗ばかりだ。ただ、「安全!安全!」というだけではいけないし、「このようにしているから大丈夫だ!」といっても、底が知れている。最悪のケースに対する備え、船の場合は、「沈没しても、このようにして救命できる」ということをしっかり伝える必要があろうし、それに対する脆弱性を常に点検し、改善して、それらの活動状況を適宜、伝えていくことが、リスクコミュニケーションの最低のライン。

我が国は、世界の陸地面積の約0.3%を占めるに過ぎないのに、マグニチュード6以上の地震は約20%、活火山は約7%を占める。いわば自然災害大国が当時、世界第三位の原子力大国でもあったのは、今にして考えれば身の丈を超えていたのかもしれない。長時間の全電源喪失事故はないとの仮説に寄りかかり、地震以外の自然災害リスクに向き合うことなく、すでにこのような事故に対して出されていた米国勧告を国内で共有せずに、有効な対策を怠ったことによる被害や損失は今も、そして将来も続く。さらには、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」かのような経済合理性のない安全対策を行いながら、いまだに再稼働できないプラントが多いなかで、いたずらに年月が経過し、安全対策費用を回収できるだけの発電もできないとすれば、どう言い訳するのだろうか。

丁寧で実効性のあるリスクコミュニケーションをベースにした安全対策をしなければ、今回の海難事故も変な方向に行くおそれがある。人生ではリスクと向き合うことが、その充実をもたらす重要な要素となる。その不確実性は挑戦する喜びともなる。健全なチャレンジは潤いや感動をもたらす。ただし、後戻りのできない危険は徹底的に排除せねばならない。ほどよいスリルを味わえる海や山での余暇は、賢く振興すべきだ。