#振り返り

これまでの会社生活などの振り返りや時事

COVID19(その4)

日本も、すでに感染が増えている。例えば、観光旅行。私も3月初旬に念願のイタリア旅行を計画し、代金を払っていたが、代理店から、飛行機が中国経由のため中止となり、全額払い戻しとの連絡が2月初旬にあった。もしも行っていたら、今頃このような朝を迎えていないかもと想像する。
しかし、旅行が決行され、代金が戻らなかったら、多分行っていたと思う。今感染している人達の多くは、キャンセル料を考えて旅行を止めなかったかもしれない。
何故、旅行は、前金制なのだろう。確か、旅行業法に、それを定めているはず。
この際、見直しが必要があるだろう。
毎日、マスコミの話題の多くは、新型コロナウイルス。しかし、相変わらず、視点が狭く、画一的。
たとえば、いつまで、このような状態が続くのか、無責任に問いかけることが多い。少し勉強すれば分かるはず。
この病気は、感染が広がり尽くすまで停まることはないだろう。ゆっくり増えていけば、長引くはず。
人生観や社会のありかたそのものを見直す視点からの前向きな議論や果断な対応が不可欠。
それにしても、相変わらず、情報の質がお粗末。
どこかの国のように、報道統制されているのだろうか?

COVID19について(その3)

次の投書を2月29日にしたが、これも無視。命にも関わることだから、コメントは欲しい。
「このような危機が訪れたときの適切な対応は難しい。今回も経済や社会への悪影響を恐れたのか、結果としては後手を引き、混乱を加速しているようだ。
共通する課題は、限られた関係者だけに任せずに一人一人が、被害者、加害者にならないため何ができるのか自ら考え行動することが、目先の利害よりも優先するという姿勢が欠如していることだ。
たとえば、感染検査は、隔離のためだけに行っている。
早い段階から感染検査を含む疫学調査を行い、周知や対策に活用していれば、市中感染の抑制などに役立ったと思う。
また、企業が、感染防止対策を自主的に公表している例は、なかなか確認できない。報道を使命とする新聞社でさえ例外ではない。新聞が汚染されれば、多くの関係者の感染リスクが高まる。
世界に冠たる貴紙が、新型肺炎との戦いに勝利するための勇気ある活動をリードすることを念じて止まない。」

COVID19について(その2)

次のような意見を新聞社に2月25日伝えたが、なんの回答も無かったので、ブログに載せる。
「購読者です。毎日、新型肺炎関係の報道がなされていますが、ホームページなどで企業活動などを公開している企業の多くが、どのような対策を実施しているかを積極的に公表している例を確認できません。
貴社においても、そのような報道は、紙上で確認できていません。このため、販売店にお願いしていましたが、新聞を届けるまでに、どのような感染防止対策を行っいるかを確認できませんでしたので、しばらく、配達を中止していただきました。
万一、新聞が汚染されていれば、多くの関係者の感染リスクが高まります。
今のような企業姿勢を続けていけば、新聞離れが加速することも考えられます。
日本を代表する貴社が、新型肺炎との戦いに勝利するための勇気ある活動をリードしていただくよう念じています。」

COVID19について(その1)

COVID19について、このようなブログで述べて何になるかと思い、タイトルだけ下書きのままにして、ほったらかしにしていたが、たまらず書くことにした。
組織も個人も、全くなっていない。
例えば、購読している新聞社に、どのような感染防止対策を行っているのか尋ねても、投書で喚起しても、無しのつぶてだ。
街に出れば、大きな店でもアルコール除菌液を置いていなかったり、置いていても、その消毒を促すアナウンスがなかったり、マスクを着けない飲食店が多かったり、消毒しているところを見ることが無かったりと、まるで危機意識が無い。
感染検査は、杓子定規な基準や態勢で滞り、まるで、わざと感染数を多くしていないような疑いを持つ。
トイレでさえ手を洗わない人がいたり、洗っても形だけだったりしている。
組織も個人も、自ら自律的に、あらゆる戦いを実行する必要があるのに、いったい何をしているのか。
このままでは、ますますウイルスが、のさばるのは、間違いないだろう。

オリンピックメダル候補の海外での事故

男子バドミントン世界ランキングトップの海外での自動車事故について、さまざまな報道がなされている。怪我の程度や東京オリンピックへの影響を危惧するものが多い。
大事な点が、抜けている。それは、このような海外試合に関する選手の安全管理態勢の再点検と必要な改善だ。そのような視点での報道がないのは、なぜだろう。税金も使っているわけで、しっかりした管理が求められる。
それとも、安全や命よりも成績や功名心が優先されるのか。

ドラレコ

自動車任意保険の更改で、ドライブレコーダーサービスを付加することにした。数年前に物損事故に遭ったのを機にドラレコは付けていたが、年末にまた接触事故に遭い、保険会社にデータを送るのに苦労したためだ。
このサービスは、事故の衝撃を感知すると、自動で
データを送ることができる。また、運転支援機能などもあるようだ。
今までのドラレコ電源ケーブルネクターを使うと、取り外しが不要で、見栄えなどを考えた裏配線工事も頼まないで済むと思っていたが、電圧が違ってダメだった。1万を超える出費になる。
なんで、使用電圧を統一しないのだろうか。
古くは、ビデオの規格も違いがあったが、汎用部品や基本的な仕様さえ、このような不統一が、なかなか是正されない。
作る側の都合が、さまざま無駄や不便を助長しているい現実を目の当たりにすると、例えば地球環境問題への賢い対応も、心もとなく感じてしまう。
ところで今回の事故も、おかげで100%、相手の過失が証明された。また、運転も心なしか、おとなしくなる。
いろいろと効能が有り、あおり運転なども社会問題になっているのに、ドラレコが標準装備とは聞いていない。
保険会社も、運転支援機能を使ってドライバーの運転技術の安全性を評価し、成績が良ければ、保険料を安くするなどのサービスを付けると、会社も社会もウィンウィンになるはずが、なぜ中途半端なのか疑問だ。
このような、ちょっと考えれば良さがわかることが、なかなか浸透、普及しないのも、組織の病的側面が影響している気がする。

過酷事故対策

私が入社した年、原子力発電所構内にあるプレハブ建屋で新入社員研修を受けた。講師は、発電所の管理職が中心で、教育資料は、メーカーが提供した取扱説明、本店の担当部署が作った設計資料など。
いろいろと思い出があるが、「周辺住民に大きな影響を及ぼす過酷事故が起きたときの対策はあるか」と質問したときの講師の回答は、「めったに起こらないから、起きてから考える」だった。内心、びっくりしてしまった。
この時から30数年後に起きた福島事故の遠因には、このようなことを許してきた私たちの甘さや驕りなどがあったと思っている。

保釈中元国際的経営者の国外脱出

15億円を担保に保釈された元カリスマ経営者が、少年時代を過ごした国に、無断で脱出したらしい。事実とすれば、この国のガバナンスは、恥ずかしい。徹底的な検証と再発防止が急がれる。
少なくとも、最新の技術や国際的知見などを取り入れた保釈中の監視態勢の実現が必要と思う。
保釈に直接関与した組織、例えば弁護団や裁判所は、責任を転嫁すべきではないはずだが、果たしてどうだろうか、きっと責任転嫁して、うやむやになるに違いない。
金持ちや権力者は、何でも有りなのか。憤りを覚える。

納得しがたい判決

6人を理由なく殺しておいて無期懲役減刑されたり、あおり運転の挙げ句、結果として2人を死に至らしめたのに、手続きや事実認識などに問題があると差し戻しされる判決が出ている。
法律解釈などの専門性からは、合理性があるのかも知れないが、個人的には全く理解できない。そもそも完璧な「決まり」や解釈などはないはずで、不断の改正や立法、学習などが不可欠なのに、さまざまな要因で、行政も政治もそれらを怠るなかで、司法は、法律解釈や手続きなどにおいて、その法律のそもそもの趣旨や社会通念、遺族や納税者の納得性、手続きの遅滞なさなどを総合的に勘案すべきではないだろか。
裁判官は、極めて独任性が強い立場にはあるだろうが、組織を構成する一員でもある。
当たり前とも思える行政手続き、法律改正や判決が出来ない背景には、組織がもつ構造的な弱点があるのかも知れない。

英雄の死

中村哲先生が、アフガニスタンで殺害された。先生はまさに現代の英雄、偉人といえる。先生のような行き方は、真似ようもないけれども、百万分の一でも近づきたい。組織に毒された我が身には、見果てぬ志しだろうか?

読解力

日本の子供の「読解力」が、国際的に見て、また低下したと話題になっている。このようなランキングは、そもそも「眉唾」のところがあるので、一喜一憂するのは、それこそ、自身の読解力を問われかねない。たとえば、SNSのせいなどと決めつけるのは、得策とは言えない。国際的な比較よりも歴史的な比較のほうが、個人的には興味深いが、残念ながら知見をもたない。

ふと浮かんだことは、共通テストかなにかで記述式問題を出すことに異論が多かったこと。大人の多くが、記述式問題の採点の公正性などに不安がある状況で、子供の読解力を心配するのは笑止。合理的思考を育てるには難点がある日本語を使う民族として読解力を着けたいと思うなら、試験に記述式を用いることを恐れるなと言いたい。

そう言えば、記述式問題の採点の難しさなどを評価した調査が、マスコミで紹介された。模範解答には三つのポイントが示され、採点に利用したらしい。この三つが、全てではないはずで、まさに採点者の力量が問われる。

公正性や公平性を言い訳に、人間として不可欠の資質や能力を磨くことをおそれる国が、原子力発電のような、しっかりした覚悟と合理性思考で担保されるものと、うまくつきあうことは難しい。

「いじめ」のニュース

「いじめ」問題が、よくマスコミで取り上げられる。いろいろと疑問に思うことがあるが、一番は、犯罪行為と感じるものまでが「いじめ」と称されていることだ。その要因はさまざまだろうが、組織の「ことなかれ」主義的体質もあろう。
何か起きると、面倒なことにならないようにしたいのが、組織の常だ。うまく処理する人間の評価が
高い。はやく出世する。これでは、本当に必要な人材が育つはすがない。
如才ない輩だけでなく、 面倒や目の前の不利益を恐れないでしっかり物事に向き合う人材を大事にする組織が持続的発展をとげると信じる。
福島第一の事故もまた、このような組織のもつ脆弱性が原因の一つと思っている。

お騒がせ1話

ある有名な芸能人が違法薬物所持で拘留され、いろいろと報道されている。経済合理性から見れば、グラムあたり、金の10倍以上で取引されるものだから、リスクをおそれない多くの活動の根絶は難しいはず。だったら、たとえば、キャスティングの時に身体検査してはどうか。とくにNHKなどは、強制的に視聴料を取っているので、損害も公共性がある。実現できない理由をあれこれあげるよりも、ドーピング検査を一刻も早くやることだ。できないとすれば、何が阻んでいるのだろうか。
人権? 出演拒否?
やり方や結果の取り扱い方などは、今実施している組織を参考にすれば、難しくないと思う。

原子力村から脱出

43年間、原子力発電に何らかの形で関わって来た。色々な思いが去来するが、やはり2011年の福島第一の事故が一番。別の会社が起こしたものだが、その後の推移を見ると、日本の原子力発電は早晩、終わるだろう。
生来、怠け者だから筆は進まないだろうが、もと住民の一人としての思いを、折に触れて明かしたい。